フィギュアとん汁
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私は油断ない目つきで会場内を見渡す。スタイルの良くて、可愛くて、それでいて垢抜けていない子……。ああ、この子にしようかしら。今期のアニメでお気に入りのキャラの格好をしたその子を、私はイベント後 お茶に誘った。
「で、近くに知り合いのスタジオがあって。安く借りれるんですよ」
「へぇぇー。いいなー、一度そういうとこで撮影してみたいと思っててー。」
「よかったら、この後どう?」
コスプレイベントでのナンパは成功しやすい。同性といえば尚更だ。油断している少女を、私はスタジオに招き入れる。いくらか歓談した後は、いよいよ撮影だ。
「うんー。もうちょっと右足は後ろで。うんうんそんな感じー」
私は、口元をニッコリとさせてコチラを見つめてくる少女をファインダー越しに捉えていた。
「じゃあいくよー。3, 2, 1...」
パシッ
*
私はコスプレしない。ただ、フィギュアは好きだった。
壁一面がフィギュアの並べられた棚で構成された自室に帰ると、私は今日の戦利品をバッグの中から取り出した。
さっきまでスタジオでポーズを撮っていた少女のフィギュアを私は布団の上に立てる。シャッターを切った時のポーズと同じ格好をしたそのフィギュアは、まったく精巧な作りで生き生きとした躍動感を感じさせた。小指でツルツルと光る太ももを撫でると、スベスベとしていて気持ちいい。
いや、実はフィギュアという表現は正確ではない。だって、この人形は、縮められた彼女自身なのだから。
*
撮ったものを凝縮して縮めてしまうカメラ。それが私の秘密のアイテムだ。
骨董品市でたまたま買ったカメラ。これに撮られた対象物は、フラッシュと同時に手のひらサイズまで縮んでしまうのだった。撮られたものはプラスチックのように硬くなる。
しかし、対象物をプラスチックに変換してしまうのではない。ずっと前にカメラで撮って縮小したバラを誤って棚の中で砕いてしまったのだが、1, 2ヶ月は鮮明な赤色を維持していた花びらの破片が、半年後には茶色く変色してしまっていた。
カメラで縮小されたものは、生きている。ただ、新陳代謝がスローになっただけなのだ。
*
棚にスペースを作って、その少女を私は並べた。フィギュアにされて棚に並べられたというのに、顔はニコニコしているままだ。意識とかあるのかな。
少女はフィギュアになってしまったが、時間が止まってしまったのではない。
関節に力を加えればポーズを変えることだってできた(加減を間違えると折れるけど)。一度変な方向へ曲げて骨折させてしまったときは、半年後ぐらいに患部が毒々しい内出血の様を呈してきて、気持ち悪くなって捨てた。ただ、自分からポーズや表情を変えてくることはなかった。動けないのかしらん。
棚に加わった一体に満足気な笑みを浮かべると、私は部屋の電気を消して就寝した。
*
パシッ
……? う、動けない……
ちょっと、あの。すいませーん。 …あれ? なんであの人こんなに大きくなってるんだろう?? やっ 持ち上げないで
なんで… 私が小さくなってしまってるの…? そんな……
え… どうして……
やめて! バッグに入れないで! 私をどこへ持って行く気…?!
*
今日も私は戦利品を持って部屋へ帰ってきた。だが、そろそろ棚には空きスペースがなく、固められた少女たちで埋まっていた。う~ん。またそろそろ処分しなきゃなー。
棚をざっと見渡して、飽きてきたフィギュアを選別する。棚から取り出し、机の上に作った撮影スペースに置いて、写真を撮る。世界に1つだけしかないお手製のフィギュアは、オークションでわりといい価格がつくのだ。
私はフィギュアをプチプチでグルグルと巻いて、段ボールに入れて押入れの中に積み上げる。
ただ、一過性のアニメのキャラクターだとずっと売れずに残ってしまう場合があるのが悩みだった。
*
新陳代謝が遅くなっただけなんだったら、食べられるんじゃないかな。あるとき、私はそう思い立った。
しかし、等身大から手のひらサイズまで縮められた少女の身体は密度が高く、茹でても油で揚げても歯が立たなかった。油でベトベトで歯型のついたそれらは、もう売れないしもったいないけど捨ててしまった。
あるとき、味噌汁を作りながら私は気付いた。そうだ、日本には世界一硬い食べ物で出汁をとる文化があるじゃないか、と。
*
起きたら日が昇っている。朝食を作らないと。今日は奮発してとん汁だ。
水を入れた鍋を火にかけると、私は押入れに向かった。
一番下の段ボールを、上が崩れないように注意深く取り出す。梱包を開けると、中から少し前のアニメのフィギュアが出てくる。人気が微妙なキャラクターだと、1, 2年もしないうちにフィギュアが売れなくなってしまうのだった。
彼女の身長より大きい包丁で、衣服を砕いたり切ったりして脱がせる。売り物だったら傷がいかないように注意深くすべきところだけど、食べ物なので関係がない。
私は裸になったフィギュアを片手で持つと、鰹節削り器で掻く。
シャッシャッシャッ
硬くなった身体は折れることはなく、薄くキレイに削れるのだった。
*
ガサ ガサゴソガサ…
ビ、、ビビーーー
スタジオで捕まえられた私は何ヶ月も棚に他の少女と一緒に並べられ、そしてその後は梱包材で巻かれて段ボールの中に押し込められていた。棚の中はまだ部屋が見える分良かったけども、真っ暗な段ボールの中は気が狂いそうだった。
が、それもそろそろ終わりらしい。私の入った段ボールは開封されて、梱包材の隙間から光が漏れてきた。
プチプチを取り除かれたと思ったら、私はそのまま台所へ運ばれて、まな板の上に載せられる。なっ なに? なにするの?! やっ やめて……!!
*
私は結構几帳面なところがあって、削り節を作るとなったら最後の足指の一本までキレイに削る。そうこうしているうちに、お湯が湧いたようだ。
沸騰した鍋の火を切って、ザルを沈める。そして、削り節を上からファサッと投入する。出汁をとる時間は30秒程度。それ以上お湯の中を泳がせると、すこし生臭さが出てくるのだった。
私は削り節をザルごと上げると、中身を三角コーナーに捨てる。そして、鍋に具材を投入する。う~ん。いい匂い。
*
「いただきまーす」
今日の目玉のとん汁に早速口をつける。ほんわかとした香りが口いっぱいに広がる。豚の脂身の甘さと旨味を、出汁の旨味が包み込んで最高の出来だった。
ズズズズッと汁をすする。フィギュアの削り節で取った出汁は口当たりがよく、年頃の少女のまろやかさと旨味が絶妙にマッチして、本当に美味しい。
美味しいとん汁は食べられてどんどん量が少なくなっていく。
フィギュアでいっぱいの棚に囲まれて、彼女らの視線を感じながら、私はゆったりと朝食を楽しんだ。