たんぽぽ

タグ: 状態変化 非生物TF 捨てられる 手違い | 2012年11月11日 02:36 | Pixivで見る
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工場勤務つらいよぅ

「やったー! できた!!」
そう言いながら私は緑色の液体の入った三角フラスコを突き出した。くるくると回って白衣をなびかせながらバイトの子に近づく。

「何が できたぁ! ですか? ちゃんと仕事してください。」
「いやいや、もう刺身の上にたんぽぽを載せる仕事なんかしなくていいのよ! これを薄めて霧吹きでシュッてするだけで……」
「はいはい良かったですね。だから、サァはやく刺身の上にたんぽぽを載せる仕事に戻るんだ!」
「イテテテ、ちょっと最後まで聞いてよ。これを刺身にかけたら、自動的にたんぽぽが生えてくるんだって…!」

工場の中は生臭い。生臭くて寒い。指先がかじかむ。でもこの寒さは、商品を傷ませないためには不可避な温度だった。
毎日毎日寒さと生臭さに耐えながら刺身の上にたんぽぽを載せる日々。でも、たんぽぽの花が柔らかすぎて機械で摘めない以上、どうしても人間がする必要のあった工程だ。
そんな日々の中で、バイトとして女の子が入ってきた。初めての部下である。同じ女からみてもかわいい。私はかっこいいところを見せようと仕事に励んでいた。指先のかじかむ寒さの中でも、この事なら頑張れる気がした。
そんなある日、私はあるアイディアを思い付き、合間合間に時間を割いて研究を始めたのだった。

 *

「……で、やっぱりマグロもタンポポも同じ細胞なわけ。じゃあ、マグロの細胞をタンポポと区別のつかない状態まで巻き戻してあげて、逆にタンポポの花の設計図を与えてあげたら? 基本的なアイディアは、まったく、あのノーベル賞のES細胞と同じよ。」
「へぇぇすごいですね、よくわからないですけど。つまりは、どういうことが嬉しいんですか?」
この子は過程には目を向けずにいつも結果だけを求める。

「これを数百倍に希釈して、霧吹きで刺身にシュッ! すると数時間後にはたんぽぽの花が刺身の上に乗ってるってわけ」
「へー。でも、手で載せるのと変わらなくないですか?」
「液体だと機械でできるじゃない!」
「えっ じゃあ、私たちの仕事がなくなっちゃうんじゃ……」
「仕事はなくなるけど、特許でガッポガッポよ…!」
私は満面の笑みでフラスコをちらつかせた。

 *

とりあえず、特許を取る前に実際に使ってみないと。私は霧吹きを片手に、バイトの子はいつもどおりたんぽぽをスタンバイ。A/Bテストである。問題があれば下流からクレームが来るであろうということだ。
一週間試用してみたが、クレームはなかった。どれもうまくたんぽぽが発現している。私ったら天才!

「じゃあ、おつかれさまです~」
「おつかれ~」

バイトなので私よりも上がるのが早い日がある。同じ時間に上がった日などは、夕飯でも誘ったりしてるんだけど、今日は早い日だった。
少し寂しさを感じながら、ベルトコンベアの上を流れてくる刺身パックに霧吹きをかける。シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……
非常に単調な作業だ。あの子が居るときはおしゃべりで退屈なんて感じないんだけど。

特許を運用するための会社名何にしようかしら……などと考えながら霧を吹く。すると、ふと霧吹きを持つ人差し指にたんぽぽの花が点いているのに気付いた。
「あら…… 何かしら。」
花を取って、彼女のたんぽぽ箱へ入れる。霧吹きを始めてからたんぽぽに触ることはなくなったはずなのに……

「…あれ、また付いてる」
少し時間が経ってから、また指先にたんぽぽが付いてるのに気付いた。しかも、今度は手の甲にも。うーん。
私は首を傾げながら、またその花を彼女の箱へ放り投げた。

「……」
また少し時間が経つと、今度は5つのたんぽぽが指と手と腕に付いてるのに気付いた。もしかして……
手の甲に付いたたんぽぽを払いのける。すると、払いのけた手にもたんぽぽが付いてるのに気付いた。
「…… このクスリ、もしかして人間にも効いてるんじゃ……」

 *

「ヤダ! ヤダヤダヤダヤダ!!」
たんぽぽが身体に付いてるのではなく、身体から生えてきているのはもはや明白だった。指、手、腕、身体全身。私は半乱狂になりながら身体中のたんぽぽを毟った。割烹着も脱いで靴下も脱ぐ。服を脱ぐとたんぽぽの塊がボロボロとこぼれ落ちた。まったく、衣類の下もたんぽぽの花でいっぱいだった。

「ヤダぁ! たんぽぽになんてなりたくないよ……」
寒い、寒い、寒イ。裸になったのだから当然だ。たんぽぽを毟るたびに私の身体はなくなっていく。寒さでかじかんでたはずの指の感覚ももうなかった。

 *

工場の夜は更けていく。寒さの中、私は一人ぼっちだった。

 *

「あれー? もう、誰が散らかしたんですか! 床に落ちちゃったら、たんぽぽもう使えない……」

朝に出勤してきたバイトの子は、眉をハの字にしながら床にこんもりと盛られたたんぽぽの花の山を睨んだ。まったく、誰が花の箱をひっくり返したのだろう。
いつもこの時間には居るはずの社員のお姉さんも居なかった。寝坊かしら。お姉さんが来る前に床のゴミを片付けておこう!

バイトの子はホウキとチリトリを取りに更衣室へ向かう。誰もいなくなった部屋で、床に散らばったたんぽぽの山は、震えるように少しだけ崩れた。

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