若いジブンの型取りサービス

タグ: 手違い 状態変化 液体化 オリジナル 捨てられる | 2015年9月14日 03:26 | Pixivで見る
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若いころに全身の型を取っておいて、いつでも好きなときに身体を溶かして型へ流し込みあの頃の身体へ戻れるサービスが登場。あるバリキャリはそのサービスを繰り返し利用するのだが……

よい年の重ね方がわからない。今のままでいたい。
若くて、スタイルが良くて、肌がピチピチで、疲れ知らずで、そして何をやっても「若気の至り」で許される今のままで。

そういった人たちの要求に答えて新しいサービスが登場した。『若いジブンの型取りサービス』である。
客の望んだ時に全身の型を取っておいてそれで金型を作る。そして客が望んだ時はいつでも、身体を薬剤でどろどろに溶かして金型に注入し、プシューと圧力を掛けてからパコッと取り出せばもうあの頃の姿だ。
ただ本当に“いつでも”使えるわけではなくて、成形には前回の使用時から最低でも3年の期間を空けることという制限がある。これは、人間を溶かす薬剤の副作用を避けるための処置だ。あまり短期間に連続使用すると、整形後に熱されると不意に身体が溶け出してしまうという副作用があったためだ。

 *

人間の価値は彼・彼女のこれから生み出せる価値の総量で決まる。わかりやすい指標の一つとして生涯収入がある。賃金を得ること。労働すること。
じゃあ労働をできなくなったとき私はどうなるのだろう。年金を受け取って健康保険を使って貯蓄を使って、ただ社会に負担をかけつつ死を待つ存在になるのだろうか。“おばあちゃんの知恵袋”の価値はコンピュータの登場によってとっくに消え失せた。役立つ知識は全て人体から外部記憶装置に移され、その巨大な知の体系は忘れることも死ぬこともない。私は老いるのが、老いていく自分が恐かった。

そんな時に知ったのが『若いジブンの型取りサービス』である。
私はすぐに申し込みをした。今が女として一番いい時だ。スタイルだって自信がある。この姿形を永遠に保ち続けたい……。

 *

サービス申し込みをした後案内状に従って型取り工場まで行く。休日に電車を乗り継いで2時間の郊外だ。型取りをする場所はそれから作った金型を保管する倉庫と一体になっておりそれには多くの土地が必要だからだろうか。

「見てください。これが完成品の金型になります~」

案内のスタッフが倉庫前にある展示された金型を示す。なるほど人間の全身をそのまま型とったものだ。大きさはシングルベッドぐらい。金属の光沢が光るものの、その表面をよく見るとキメ細やかな肌模様まで忠実に型どられている。

「価格ですが、型取り・金型作成が5万円、金型の保管には月1000円を頂いております。成形サービスご利用は15万円ですね。金型は成形時の安全上の問題もあり当社倉庫内の保管に限らせていただいております。
成形サービスですが、利用は前回のご利用時から最低3年を空けることとなっておりますのでご了承下さい。」
「わかりました。捺印はここだけですか?」
「あとここもですね。サインはここにお願いします。」

契約書の重要説明事項を読みサインをする。いよいよ型取りだ。

 *

型取り機はシングルサイズのスプリングベッドに緑色の粘土が詰め込まれたような枠が、天地に2枚セットされたものだった。私は渡された剥離用の油を全身に塗りたくり、粘土の上に寝そべる。
鼻に空気用のカテーテルを挿すと、上からもう一枚の粘土の詰められた枠が降りてきた。人間をそのまま潰すプレス機に入った気分だ。

「はめ込んだ後に少し圧力を掛けて20分ほど固まるのを待ってもらいます。最初の30秒ぐらいは手や足をワキワキ動かしたりして粘土と密着させて下さい。それ以降は動かずジッとしていてくださいね。」

胸と鼻先にグニュウと粘土が乗っかかる。そこからゆっくりと枠は下がってきて、私は粘土の中に身を埋めた。
真っ暗な中で体全身が柔らかいものに包まれている気分。ただそれらは少しづつ固くなっていき、私は完全に岩石の中に埋め込まれたようになった。

型取りが終わって1週間後出来上がった型の写真がメールで届いた。予想以上の仕上がりである。

 *

それから数年間が過ぎた。私は修論を書いて大学院を修了し、キャリアウーマンとしてバリバリ働いた。そしてふと帰宅後に見た鏡の中で、自分の眉間にしわが寄ったままの状態になっていることに気付き、『若いジブンの型取りサービス』を思い出したのだった。
思えばこの数年、私は仕事のことだけ考えて暮らしてきた。恋愛なんて放ったらかして。それで得られたのは、高層マンションに住む収入と、眉間の皺と、脚のむくみと、ダラけた肉体。今もしあの頃に戻れるのだとしたら私はどう生きるだろうか。

いや。戻れるのだ、あの頃に。あの頃の肉体に! そのために全身の型を取ったのだから。

 *

私は数年前来た同じ工場に来ていた。ただ今日の目的は前回と違う。今度は自分をあの頃に戻すのだ。

大きな漏斗の上に裸で移された私は1Lぐらいの薬をグビグビと飲む。身体の軟化剤である。
薬を飲んでからしばらくすると身体がフニャフニャになっていることに気付いた。指もなんだか柔らかいような……。と思っている途端に、ドロドロドロと身体が端から融け出した。

「はわ。はわわわわ……(ゴポポポポ)」

溶けた身体は漏斗で集められて下のパイプへ送られる。そしてポンプで圧力を掛けられて金型の中にブチュゥと注入されていく。金型は冷たくて寒く感じる。体温が奪われるようだ。あまりにも身体が粘着質なのでちゃんと全部型に入れられるのかと思ったけども、後でスタッフが漏斗に残った身体も薄め液で剥がしてパイプの中へ送っているようだ。
金型が私で満たされる。私は不定形になって型の中を漂ってる。ただ、少しづつ「あこれが指」「これが鼻」と場所がわかるようになってきて、その場所に液状になった身体を合わせるようにした。

少しすると金型が熱せられて暑くなる。最初は金型の冷たさを感じていたのだけど、ぬるま湯ぐらいになって、それからまだまだ暑くなってサウナの中のようになった。

「(うう。暑い……暑いよ……。温度設定間違えてない? アツ、アチチ。アチチチチ!! ちょっとっ! 熱い!!)」

型に閉じ込められているから、サウナというよりは夜祭の屋台で売ってる人形焼だろうか。

一度熱された後は今度は冷まされて、それからパコッと型から取り外された。まったく、人号焼きの気分である。

「これが、私……。」

型から出た自分を見て驚いた。あの頃の私そのままである。スタイルだけではない。肌のハリやその他まであの頃に戻っている。身体軟化剤にはツヤ・ハリを取り戻す美容成分が入っているのだとか。正確にはゴムを加硫して黒鉛を混ぜ込んでタイヤを作るようなものらしいが。

 *

それから3年毎に私は成形を繰り返した。老いは恐い。常に最高の自分のままでいるのがベストだ。

ところが私はいまだ良い相手に恵まれずにいた。
恋愛とは勝負事である。お金を出して商品を買うようなものではない。私が今まで積み上げたキャリアは特に有利な影響を及ぼさなかった。恋愛とは自分自身を賭け金にして挑む賭け事であることを私はようやく知ったのだった。誰かのかけがえのない人になるということはそういうことだ。

最後に成形してから1年半。合コンで出会った医者と私はお付き合いをしていた。
これは絶対にチャンスをモノにしなければいけない。次のデートで私は脱ぐだろう。その時に私の身体は……? やはりベストを尽くすのが一番ではないか。ビジネスだってそうやって勝ち抜いてきた。

そうして、私は郊外の工場へ再び足を運んだのであった。

 *

「無理です。」
「やってください。お願いします。」
「無理無理無理。」
「ね。何かがあっても工場に責任はないって宣誓書を書きますから……! 一世一代の勝負なんです」
「……。」

「前回の利用から3年経ってない」「それどころかあなたは3年毎に成形を繰り返し利用している。危なくて責任が持てない」こう拒否する成形スタッフをどうにか口説き落とし、私は再びあの頃の身体に戻ることができた。

「いいですか。気温には気をつけて下さいよ」
スタッフが恐い顔で忠告する。
「ええ。わかってますって」
一方の私はウキウキだ。

 *

日曜日。夏の暑さが少し残る日。私はUV対策をバッチリして待ち合わせ場所に向かっていた。こんなけ紫外線対策をしたのだから大丈夫だろう。……思えばこれが慢心だった。

「キャッ!」
道をハイヒールでカツカツ急いでいると、不意に私はなにもない所で脚をモツラせて転んでしまった。
「痛た……。も~サイアク」

で、立とうとすると脚に力が入らない。フと脚を見るとフニャフニャになっていた。……成形工場の漏斗の上での様に。

「ええ! なになになに?!??!!」

地面についた手に力を入れようとするも、こちらも動かない。手を見ると、日差しで熱されたアスファルトと触れた部分が汗だくになっていた。いや、これは汗ではない。私自身だ。と、融けてる……。
大変なことになった。こうなったら液状化まですぐだ。

「ひっ ひひ。誰か助け……キャアアアあぁぁぁ……(バシャッ)」

 *

「(ど、どうしよう……!!)」

歩道で私は完全に溶けていた。服やハンドバッグを散らばらせて。
動けない。ただ、身体は重力に従って少しづつ流れていっているのがわかる。一部は縁石に、一部はアスファルトに染みこんで、一部は日差しで乾燥して行き……。ただ排水口に流れ込んでいないことが幸いだった。

「(ハァハァ。ハァハァ。だ、誰か助けてくれないかな。上手く回収してくれればまだなんとか元に戻れるはず……)」

その時、目の前のビルから作業着を着た人が出てきた。
「わっ こりゃ大変じゃ!」
「(あ。気付いてくれた! なんとかなるかも!! でも今日のデートはもう行けないなぁ)」

ビルの人はビルの奥へ引っ込む。救急に電話してくれているのだろうか。

数分後、戻ってきなその人が手にしていたのは、私の想像もつかぬ物だった。

「まったく。誰がこんなイタズラしたんだ。」
「(えっ ちょっとまって……!!)」

ビルの人はガラ拾いを片手にどんどん私の服やハンドバッグをゴミ袋へ入れていく。ちょっと止めて! それがなくなったら私、人間とわからなくなっちゃう! ただの肌色の水溜りになっちゃう!!
ガラ拾いは私の溶けた脚が入ったタイツも持ち上げる。中から溶けた私の脚が流れだして、身体に混ざる。

(ビチャビチャッ)
「(んんっ うっ、ハァハァ。ううう……)」
液体化して敏感になった私の身体には、自分自身の滴さえ電撃を走らせたような快感館をもたらした。

ゴミを全て拾い終わると、その人はビルの奥へまた引っ込んだ。

「(うう……ううう。。。どうしようどうしよう。こんなになっちゃって。人間とわからなくなっちゃった)」
人が見たら私はただの道に広がった肌色の水溜りだろう。塗料が混ざってると思われてわざわざ踏まれはしなさそうだけど……。

「(やっちゃった。。。 気温に気をつけてください、って、UV対策だけじゃなかったんだ。
ううう。  って、ええええ! それで今から何するつもり???!?!?!!)」

戻ってきたビルの人は、今度はデッキブラシとホースを手にしていた。無論、デッキブラシは私の中心部めがけて無慈悲に振り下ろされて…。。。

ガシュッ!ガシュッ!とデッキブラシはアスファルを掃除する。私という汚れを落とすために。

「(んくふぁ、んっ んんっ ああああ!!)」
何百本もの硬いブラシの毛が、私の身体の中に入り込んでくる。ブラシが、アスファルトに染み付いた私の身体を掻き取り、土や埃と一緒くたに水に混ぜ込む。

(ガシュ!ガシュ!)
「(あっああっ! ああああ!!!

……ハァハァ。やめ、て。ハァ。
んんっ うううんんっっ!! やめ、

わ、私は、人間…… ……キャァイヤアアアアアアアアアアア!!)(ゴポポポポ)」

そしてホースで水をかけられ、汚れは暗い排水口へ流されていく。

 **

「う~ん。これで綺麗になったな。しかし何だったんだろう、手の込んだイタズラだ。」

おそらく、私達はいつも二重の道徳の中で生きている。商品交換という道徳と、賭けという背徳が重なりあった中でだ。
商品交換の価値の基準は貨幣だ。貨幣を共通の座標軸として(価格で)商品を全て序列化する。賭けの領域では賭けの出来事そのものと、その場その場で現れては消える規則しか重要なものはない。商品交換では参加者同士は貨幣によって分断され抽象的なグラム何円の量的な関係が作り出される。一方で、賭けにおいては参加者は賭けに全面的に巻き込まれ参加者同士の間にドラマチックな関係が作り出される。ここでは参加者同士はもはや抽象的に取り替え可能な存在ではない。

賭けというゲームにおいて、商品交換における原則『等価交換』はもう成立しない。
入試・恋愛・就職・結婚……。勝利か敗北か。生か死か。私達は重大な賭け金を前にすることで、誰もがかけがえのない地位を占められるのだ。

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