行列のできる唐揚げ屋
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甘く香り高い美味しさが特徴の唐揚げ屋で相次ぐバイトの失踪。女の子たちはどこへ消えたのか。
ジーと手に持った唐揚げを彼女は見つめてくる。
「なに、食べたいの? ほら、ア~~ン」
「……。」
彼女はそっぽを向く。そしてそのままくるりと振り返ると、向かいにある自販機までスタスタと歩いて行った。ジャラジャラ。ピッ、ガコン。
カシュッ。
「暑い日に喉の渇いた私にはコカ・コーラがあるから、唐揚げはいい。」
「ふ~ん。こんなに美味しいのに」
私は紙コップの中からもう一つ唐揚げを口に運ぶ。やわらかくて、甘くて、ジューシーだ。ふんわりとした温かいお肉は舌の上でホロホロと崩れていくようだ。
「……。」
「なにサ」
「太るんじゃなかったっけ。」
言ったなァ、コノォ~~~! 頭をロックしてグリグリじゃれ合いながら、私たちは帰路を歩いて行った。
*
通学路にできた唐揚げ屋は盛況だ。まったく、下校時間の後などは唐揚げを求める学生の列が消えることがないほどだ。
今日も私は唐揚げを買って、彼女とともに歩く。
「で、あの唐揚げ屋ってバイトがよく消えるらしくて、だからいつでも新しいバイトを募集してるんだって」
「へぇ。」
「ほら、店頭に貼ってあったでしょ。時給900円だっけ。けっこういいなぁ」
「うん。」
「現役女子高生探偵が潜入調査しちゃおうかな? 今月厳しいし。」
「唐揚げの買いすぎなんじゃないの。」
「私-(お金)->唐揚げ屋-(唐揚げ)->私-(労働力)->唐揚げ屋-(賃金)->私 ってなるから」
「唐揚げ屋-(賃金)->あなた-(お金)->私。ありがとうございます。」
「なんでやねん」
*
私はコンビニへ寄って店の前のゴミ箱に空になった唐揚げカップを捨ててきた。ゴミ箱の中は唐揚げカップでいっぱいだ。
「カエルって食べたことある?」
ええっ、なにそれ突然。
「え~と。あるよ。小さい頃、」
小さい頃の私はほとんど野生児で、暇があれば裏山へ飛び出し山の中を駆けずり回っていた。休日などは勝手におにぎりを作って山へ持って行き、晩まで遊んだものだ。お昼のおかずは田んぼで捕まえたカエル。カエルは水かきの部分から皮を破ることができて、そのまま引っ張るとキレイにペロリと全身の皮が剥けるのだった。で、内臓をとって、水で洗って、塩を降って、枝に刺して火で炙る。ピンク色のお肉はすぐに焼けて真っ白になる。少し焦げ目がついてきたあたりが頃合いだった。タンパクで素直な味のお肉に枝の風味が少し染み込んだ味が懐かしい。
「骨は食べちゃってもいいんだけど、大抵はプップッって吐き出してた。」
「へぇ。」
「あの頃が懐かしいなぁ」
「今でも運動は好きなんだっけ。」
「毎朝走りこみをしてるのは知ってるでしょ。だから朝シャンしてるのに」
「うん。」
私はカモシカのような脚が自慢だ。それに、運動は体を鍛えられるし、将来のためにもなる。
「キミもちょっとは自分に投資したら? 運動もしないし化粧っ気もないし」
「私はいいの。」
「それじゃあいい人できないよ~」
「へぇ。」
「よろしい。今度メイクを教えてあげよう」
「特に興味が無い。」
そう返す彼女の目は本当に興味が無さそうだ。
*
ついに私は唐揚げ屋でバイトを始めた。それを彼女に告げると少し驚いた様子で「私もお金を貯めないと。」と言っていたけど、どういう意味だろう。ただ、週末や放課後にバイトが入ってしまい、一緒にいられなくなったことに対しては寂しがっているようだった。
「でさー、店長がそんなこと言ってんの。ちょっとキモいよね」
「うん。」
「店頭に立ってる店長って、見ててどんな人に見える?」
「背が低くい。貧しい家育ちで子供の頃の栄養状態が良くなかったのかもしれない。太ってる。田舎出身で都会志向が強く、街へ出てきて手にした成功を自分の自慢に思っているタイプ。真っ白なコック帽を被ってるのに靴が汚れたスニーカー。自惚れは強いけど自分が思っているほどには能力はないし、育ちの悪さを脱却できてない。それと、……」
「っと。おうおう、よくわかったから。ええと、じゃあ、バイトの女の子たちは一体どこへ消えた?」
「……。」
彼女は少し残念なような困ったような目をして押し黙った。
*
今日もバイト。
「あれっ いつの間に帰ったんですか?」
さっき更衣室を見た時は服やバッグが残されていたのに。しかし、私の前のシフトのお姉さんは店頭にもバックヤードにも居なかった。
「ちょうど入れ違いで帰っていったよ。」
店長はほとんど忙しさの中といった様子で返事をし、せかせかと調理場の中へ消えていった。
「う~ん。」
私はふと違和感を覚えたもののとにかくやらなきゃいけない仕事が目の前に山積みで、エプロンを付けて店頭へのドアを開いた。
*
店頭では細切れにしたお肉をただただ揚げるだけ。
「あっ お肉が切れた。店長さ~ん!」
小さく分断された鶏肉はいつも店長だけが店の大型冷蔵庫から持ってくるのだった。中に居るときにロックされると危ないから、という理由で、バイトその他の入庫は厳禁とされていた。
しかし、バックヤードの中型冷蔵庫にも肉のストックはなかった。これでは今揚げている分で最後になってしまう。客はまだまだ列んでいるというのに。
「すいませーん。お肉切れたんですけどー?」
店長はたぶん冷蔵庫の中だろう。私は開けないようにと言われていた扉のノブを回すと、重い鉄の扉をゆっくりと開く。夏には涼しい冷気が中から溢れてきた。扉の中は、つららのたれた地下への階段が続いていた。
お肉がないのだから取りに行かなくちゃという理由を根拠に、好奇心を抑えられなかった私は霜で白くなった階段を一段づつ降りていった。
*
天井から吊り下げられた新鮮そうなピンク色のお肉。艶めかしい曲線と艶やかな表面を持ったそれは人間大サイズであり、明らかに鶏肉ではなかった。
「うわぁ。。。ホントにUFOじゃん。。。」
Unknown Fried Object. バイトの子たちの中で唐揚げはそう呼ばれていた。細切れにされたお肉には鶏肉の特徴を持つ部位はほとんど無かったからだ。
でも、これ、何のお肉なんだろう。
吊り下げられたピンクの物体にまた一歩近づいていった私は、背後に忍び寄る影に気が付かなかった。
ガンッ! 頭から星が出るような衝撃を感じると、目の前が真っ暗になった。
*
「コラァッ! 私をこっから出せ!」
鉄格子の向こうで吊り下げられた肉を解体している店長に私は叫ぶ。檻は、地下室の一角に設置されていた。
店長は私の声には反応せず、黙々と大きな肉を小さく刻んでいた。
寒い。いつの間にか衣服を剥ぎ取られていた私は、冷気の漂う中で身体を擦る。
「ねぇ、寒い。服だけでも返して……。」
「…もうすぐ服なんて必要なくなると思うよ。」
今まで私を無視していた店長は初めて口を開いた。
*
全身の皮膚を摩っているうちに、私は妙なことに気付いた。皮膚がヌベヌベとしてきている。心なしか胸は大きくなって、お腹もタプンと。引き締まった自慢のボディが、なにこれ?
ハァ。と手に息を吹きかけようと口を開いた途端、胸元まで届くであろう長さまで伸びた舌がだらんと口から漏れてきた。
「キャア! なにこれ!!」
「おっ 始まったか。」
背を向けて作業していた店長は肉の解体作業を中断すると、檻の前に来て私のことをしげしげと見つめる。
私の方は、胸は大きくなるわお腹は出てくるわ肌は緑色になるわ手には水かきができるわで、ほとんどパニック状態だ。ぽっこりと膨らんだお腹だけが白さを強調する。いつの間にかおへそと乳首は消え失せ、なだらかな曲面となったいた。
*
「ゲコォ! ゲッゲゴオォォ!!」
悲鳴を上げて私は無茶苦茶に体を暴れさせる。ところが、店長はいかにも慣れたといった様子で、ぐんにょりと柔らかくなった私の足首に拘束具でつけると、さっきの天井から吊るされたピンク色のお肉の横に私を吊るした。
そのお肉は子供の頃に焼いて食べたカエルの皮を剥いだ後の姿にそっくりだった。そう。私のような大きなカエルの皮を剥いだ姿のように。
「ゲコッゲコッ! ゲゲゲォォォエエ!!(なにするの?! 私を元に戻して!!!)」
「こんにちは♡ あなたは私より美味しそうね? 試しに私のお肉を食べてみる?」
店長は机の上においてあった剥がれたカエルの顔の皮をかぶってはしゃぐ。そのカエルのマスクの面立ちは、居なくなったバイトのお姉さんにそっくりだった。いや、これは彼女そのものなのだろう。カエルの皮をかぶった店長は、出来立ての唐揚げを私の口元に差し出す。
オエッ。
いつもの様に美味しそうな唐揚げの香り。しかし、健康的な香ばしい油の匂いを立てるそれは、私に抑えられない吐き気を催した。
「やっぱりカエルはお肉は食べないのかな。」
店長はあざ笑う。吊り下げられて反対になった私は目に涙をためるが、カエルとなった私は今や涙でさえ粘着性の透明なしずくになっていた。
「ああ、引き締まった脚が特別美味しそう。そろそろ私と同じ姿になっちゃいましょうか。」
ナイフを持った店長が迫る。私の柔らかな手首を掴むと、私が子供の頃やったのと同じように水かきを破ろうとする。
「ゲゲゲ!グゥエグゥェエ!!(ヤメて!! 誰か助けて!!!)」
バン!バン!バン!バン!
突然 店長は腹を殴られたかのように吹っ飛んだ。床に倒れて、口からゴボゥと血を吐き出す。石畳にはゆっくりと赤い水たまりが広がっていった。
*
一度もカエル肉を試したことのなかった彼女は、大きなカエルを膝の上に寝かせていた。気味の悪い血に染まった地下室から運ばれた私は、クーラーの効いた更衣室で休ませられていた。
彼女はカエルになった私に棚で見つけてきたというクスリを飲ませてくれた。私はゆっくりと戻っていく、人間の身体に。水かきは徐々に退避し、肌は緑色から元に戻りつつあった。
「……ねぇ、キミは全てを知ってたの?」
「うん。でも、あなたが助けて欲しいって言ったから。」
私が助けて欲しいと言ったから、私の唐揚げは諦めて私を助けてくれたらしい。誰だか知らない人間がカエルになったお肉は気持ち悪いけども、よくよく見知っている私のお肉なら食べれると。ほとんど毎日のように美味しそうに食べていたカエル肉を一度は試してみたかったらしい。彼女はそれを平然と語った。
*
「あなたが唐揚げにされたら買い占めるつもりだった。」
そう言って彼女は財布の中身を見せてくる。ウッ 万札の束。
「本来は私に向けられるべきあなたの愛情を独占していたあなたの肉体は一体どれほどのものなのか、一度試してみたかった。」
「う~ん。じゃあ、今度 私とセックスする?」
「資本であるあなたの肉体への投資に対するリターンのただただ一部に還元されてしまうのはイヤだから、やめとく。」
夕日はもう街の屋根にキスをしている。赤く染まった通学路を私たちは歩いて行った。